24℃/20℃ 秋めいた涼しさ

私が自分自身を愛せないのは

自分という存在にあまりにも縛りつけられているからだろう。

 

わたしは、わたしは、わたしは。

いつも考えている。

私はどうしたいんだろう。

私はどうすべきなんだろう。

私はどう感じているんだろう。

私には何が正しいんだろう。

自分にとって、自分の人生にとって。

そればかり考えて、疲れ果てている。

答えは出ないから。

 

考えて行動しなきゃと思っている。

熟慮して、色んな可能性を理解した上で選ばなきゃと思っている。

その考えに縛りつけられて、無理やり「自分」という概念に向き合うようにくくりつけられている。

本当は、そんなものより他のものに目を向けたほうが楽しいんじゃないかな。

考えなきゃと思うから考えるけれど、結局大体は堂々巡りだったり、答えはなかったり。

白黒つけれなくて、かといってグレーを選べない。

最後は勘やインスピレーションで決めたりもする。投げやりになる。

 

もっと楽しく生きれるはず。

今いる場所も、幸運なことに

機会にも恵まれ学びたいことも学ぼうとすれば学べる。

人目気にしたり常識に足元縛られたり自分が自分を押さえつけてたりして、なんにも出来ていないだけ。

楽しむように生きたいと願ってきた。

だけど最近は欲を出した。とびきり悪い欲を。

<人に評価されたい。人より苦労したくない。

苦労せずに人の羨むものを手に入れたい。

人より上じゃなきゃ耐えられない。

甘やかしてもらわないと、生きてる意味がない。>

逆に、そんな人生なら意味はない。

楽しむように生きたいと願っていた。

苦しいことも逃れられないならせめて楽しんでやろうと思っていた。

本気で死にたいと思ったとき、どうせならやりたいだけ楽しんでしまえと思った。

生きることはいつまで経っても苦しみだったから、いつか死ねると思うとホッとするから、どうせこれから先もしぶしぶ生きていくのなら冒険のような人生でありたいと思った。

こうして地に足をつけて、慎重に自分の周りにガラスの城を作ろうとしていたけれど

そのガラスの城は本当に、私が安心できる家になるのか?

人とはちょっと違う歩み方かもしれないけれど、それでもいい思い出ばかりだ。

愛しい瞬間がたくさんあった。

きっとこれからも。