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職場に溢れるハイブランド女子たちのように、わたしも奮発して洋服を買ってみた。

一着のスカートに1万円も払ったのは初めてかもしれない。

周りが身にまとう煌びやかなファッションを自分も身にまといたいと憧れて見ていたけれど、いざ買って着てみると、「なんだこんなものか」という感じ。

アパレルブランドの公式サイトでお気に入りにいれていた洋服も、店頭でライトアップされて近寄りがたく感じていた洋服も、手に取ってお金を払って自分の家に持ち帰ってしまえば、なんの特別味も無くなった。

こんなものに憧れていたんだなあ。つくづくそう思う。

とはいえ、いい歳にもなっていつまでもプチプラしか着ないのってどうなの?という考えもこびりついて取れないままで、たぶんまた似たような買い物をすると思う。

でも忘れないでおきたい。

周りがもてはやしているようなものでも、それを見てどんなに憧れても、

自分を幸せにしてくれるものはその中にはない。

自分を幸せにしてくれるものは自分の価値観にしかない。

それこそ、今までの生き方に基づいた価値観の中にしか。

つくづく思うのは、周りが楽しんでいるようなことを真似してやってみても全然楽しくなくって、周りと自分は全く違う人間なんだなってこと。

だから「周りの人たち」に幸せだと思われたくて「周りの人たち」が幸せだと思うことをやってアピールしてみても、それは全く持って自分のためにはなっていない。

あと、自分の価値観というのも、周りの考えや本の中にはない。

色んな本を読んで、「ああするのが良い」「こう生きるのが賢い」とより良い考え方を知ったとしても、それに納得して見習いたいと思ったとしても、

結局のところ自分の価値観として色濃く出るのは、今までの人生の中で何をしてきたか何を通して幸福を感じてきたかだと思った。

ぬいぐるみを使ってあらゆる空想の設定のもとひとりでおうちごっこしたり、

小学校から帰って家の裏手でひとり植物を使ってままごとしたり長い棒を剣にして探検したり、

好きな作品の二次創作作品読んだり、

日記や未来の自分へ手紙を書いたり、それに返信したり、

自分で参考書を調べて計画立ててコツコツ苦しみながら勉強したり、

その合間に甘い物や小説で休憩したり、

そんな今までの自分の生き方や楽しみ方を、自分の基となる価値観としてこれからも大切にしていっていいんだと思う。

たとえ他の人と違っていて退屈そうだと馬鹿にされそうなことだとしても。

今までの積み重ねは変わることはないし、現在と未来はその積み重ねにさらに積み重ねていくものであって、新しく自分を作り出すわけじゃない。