9月4日(日) 晴れ

まだ蒸し暑い。

職場のエアコンに夏を忘れがちだったけれど、休日こうして家で過ごすと、夏の暑さに驚く。

地元の夜はとても涼しいから、夏というものを忘れがちで過ごしていた。

そしたらいつの間にか9月。

9月いっぱいも暑さが残るのが例年のことだが、それでもやはり秋がやってくるとワクワクしてしまう。

近頃はリネンのサラリとしたズボンを好んで履いている。

その上今日は暑いのでタンクトップだ。

一歩公共施設に踏み込めばエアコンのせいで長袖を着たりと忙しい。

9月10月は資格試験を立て続けに受けることになる。

その上、秋の公務員試験も受けようとしている。

自分ではかなり無理をしているつもりで、それでもなんとか勉強してはいるものの、

試験に対する不安も、面接に対する不安も、仕事に対する不安も、誰とも共有できなくてつらい。

「それはそうだ、共有なんてできないものだ」と思っても、つらい。

職場の同僚には「○○さんなら大丈夫ですよ」「絶対受かりますよ」なんて軽々しく言う。

母はあの手この手でマウンティング。何をどう頑張ろうとも、良い行いをしようとも、彼女に言わせてみれば「当然」らしく、少しでも落ち度があればそれを責め立てる。そのくせ彼女自身の人間的な未熟さに家族全員が辟易している。

恋人は新生活に向けて準備もままならないまま、頼れる基盤もないまま、大それたことを平気で言う。きっと彼にはわたしの不安など分かるまい。私が羨むものを数多く持つ彼には。

私はただの、大したことのないみじめな人間。

なのにどうして周りは何でもかんでも「大丈夫だ」と言うのか。

大丈夫ではないことは自分が一番分かっているのに、周りにとってそれらはすべて「出来て当たり前」らしい。

それってまるで努力しているのを見てもらえていないみたいで、頑張りを無いもののように扱われているみたいで、とても虚しい。

必死で頑張らなきゃ何もできやしない、未熟で無価値な人間なのに。

自分と周囲との間に大きな溝が引かれている。でもそれは私が引いたものかもしれない。

バカなわたしは、自分をそう見せたがる。本当にバカ。

 それに苦しむのもまた自分なのにね。

思えば、同僚も母も、きっとわたしの中に羨むものを見ているのかもしれない。

「○○さんは完璧だから」なんて突き放すように言った彼女は、心のうちで何を思っていたんだろう。

彼女こそ、素晴らしい経験を苦労しながらたくさん積み重ねて来ただろうに。

わたしが嫉妬や悪意をそうは見えないように包み隠して投げつけるように、わたしもそうしたものを向けられているのかもしれない。

だらだらとこんなことを書き連ねてしまったけれど、結局のところどうでもいいことばかりなのかもしれない。

心の内がどうであれ、他者が何を言おうとも、結局は自分の行動にすべて起因するだけだ。

やれることをやり、この身と歩み進めるだけである。どんな道であれ。