8月20日(土) 雨

怒りや権力を振りかざし相手を支配しようとするとき、

それによって自身も怒りと権力を通じ支配されるのだ。

 

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他人の目に写る自分を認識することによって自分の存在を確認する。

人目を気にするとも言うけれど、誰かの目に写る自分を知ることによって自分はどういう存在なのか相手の目を通して認める。

他人の目を鏡にして自分を見る。

そうでもしないと、自分という存在はとても曖昧で明確にできないから。

とある本で「自分」というのも思い込みの一種だと読んだけれど、他者が居てこそ自分を型どる境界線が出来るのは確かだと思う。

一人きり、誰も知る人がいない街で暮らし始めたときのことを思い出す。

自分がわからなくなって、ふわふわとして、定まらなくて、ぶれまくる。

自分の形を認識できない。

空虚なものだ。

他人の中に自分がいてこそ、自分は確かに存在しているのだと知る。

そういう意味で、いかに存在が儚いかを知る。

だからこそ、友達や恋人、家族が大切なのだ。

儚い存在だからこそ、自分を認識してくれる人間が要る。

「その人の目に自分がどう写るのか、どう写りたいか」をもって、自身を形作る。

一人じゃうまく生きれない。

他者の大切さを知った。