読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

3月30日(水) 雨

気持ち悪い。
現実の何もかもが、モヤモヤとする。

寂しい気持ちと向き合わず蓋をするのもモヤモヤとする。
かといって向き合えば苦しく、そしてそれを言葉にしたら悪いことしか待っていないんだろう。
彼を失うとすると、死んでしまいそう。
心が持ってかれる。
承認されていたいのだ。
承認される居場所がなくては生きていけないのだ。
かつてはそれは社会的承認だった。
確固たる社会的承認があったとき、私は友人も恋人もさして重要じゃなかった。
自分がいればいい。自分が頑張って、認められれば良い。社会的な強さが示せればそれで満たされる。
しかしそんな基準も崩れ、社会的な居場所も失った。
小賢しくなって、成果の出る確証も無いのに頑張る気力も出なくなった。
何にもない。
今の私には、恋人からの承認しかない。
だからそれを失うことは、死ぬほど辛いことなのだ。

他人からの承認なしでは生きられないなんて、なんてバカな人間なんだろう。
自己啓発の本の類いでは、「他人に左右される存在になるな」とか「他人は結局身勝手な欲望で判断するだけで、あなたの人生に責任など負ってはくれない」とか言うんだろう。
「自分のために生きろ」と。
他人の評価の方がわかりやすい。
自分のことの方がずっと信用ならない。
だからいつまでも他人の評価に頼るのだろう。
そこを変えられる気がしない。
「世間の評価なんて気にするな。自分の価値基準で進め」って言い聞かせてポジティブすぎる考え方で前を見る気持ちと、
他人からの承認を求めてもがき苦しむ気持ちがある。
情けないことだ。
こうやって他人にしがみついて自己を保っている自分なんて。
とても情けない。
だけどどうしろって言うんだ。
何が出来る。何も出来ない。何もない。
消えてなくなれたらいいのに。
でも、きっと正解は、歪んでいるところを正すこと。
恋人にしがみついてないで、手放すこと。
もともと自分のものになどならない存在。
お金も人の気持ちも物も、何も自分のものになどなりはしない。
自分だけが自分のもの。
それでも何かを得たいなら、自分の身を使ってもがくしかない。
自分の時間と体とエネルギーを削って、得ようとするしかない。
きっと、たぶん、そういうことなんだと思う。