31℃/24℃ 三連休夏休み気分

ブリジットの三作目を見た。

誰も彼も老けていて、時の流れを感じる。

ブリジットは相変わらずなようで、でも改めて見ると結構大人なところもあった。

昔はドジばっかなブリジットが嫌いだったけど、今は彼女の良さがわかる。

ドジりたいわけじゃないけれど、あんな感情豊かで楽しそうな大人になれたらどんなにハッピーなんだろう。

現実、楽しむためにする何かであっても、その一方で真逆のことを考えずにはいられない。

まるで楽しむことを自分で阻止しているみたい。

楽しむこと以外もそう。

選択して行動しようが後悔し、選択せず変化を見送っても嫌気がさすのに耐えるはめになる。

どっちを取っても良い結果にならない。

いつからこうだ?

もともと、楽観的に考える方だったのかもしれない。

それでした失敗をいつまでも引きずって、自分の楽観さを押さえつける抑止力にしているのかもしれない。

32℃/26℃ 高湿度で暑い、天然サウナ

職場に溢れるハイブランド女子たちのように、わたしも奮発して洋服を買ってみた。

一着のスカートに1万円も払ったのは初めてかもしれない。

周りが身にまとう煌びやかなファッションを自分も身にまといたいと憧れて見ていたけれど、いざ買って着てみると、「なんだこんなものか」という感じ。

アパレルブランドの公式サイトでお気に入りにいれていた洋服も、店頭でライトアップされて近寄りがたく感じていた洋服も、手に取ってお金を払って自分の家に持ち帰ってしまえば、なんの特別味も無くなった。

こんなものに憧れていたんだなあ。つくづくそう思う。

とはいえ、いい歳にもなっていつまでもプチプラしか着ないのってどうなの?という考えもこびりついて取れないままで、たぶんまた似たような買い物をすると思う。

でも忘れないでおきたい。

周りがもてはやしているようなものでも、それを見てどんなに憧れても、

自分を幸せにしてくれるものはその中にはない。

自分を幸せにしてくれるものは自分の価値観にしかない。

それこそ、今までの生き方に基づいた価値観の中にしか。

つくづく思うのは、周りが楽しんでいるようなことを真似してやってみても全然楽しくなくって、周りと自分は全く違う人間なんだなってこと。

だから「周りの人たち」に幸せだと思われたくて「周りの人たち」が幸せだと思うことをやってアピールしてみても、それは全く持って自分のためにはなっていない。

あと、自分の価値観というのも、周りの考えや本の中にはない。

色んな本を読んで、「ああするのが良い」「こう生きるのが賢い」とより良い考え方を知ったとしても、それに納得して見習いたいと思ったとしても、

結局のところ自分の価値観として色濃く出るのは、今までの人生の中で何をしてきたか何を通して幸福を感じてきたかだと思った。

ぬいぐるみを使ってあらゆる空想の設定のもとひとりでおうちごっこしたり、

小学校から帰って家の裏手でひとり植物を使ってままごとしたり長い棒を剣にして探検したり、

好きな作品の二次創作作品読んだり、

日記や未来の自分へ手紙を書いたり、それに返信したり、

自分で参考書を調べて計画立ててコツコツ苦しみながら勉強したり、

その合間に甘い物や小説で休憩したり、

そんな今までの自分の生き方や楽しみ方を、自分の基となる価値観としてこれからも大切にしていっていいんだと思う。

たとえ他の人と違っていて退屈そうだと馬鹿にされそうなことだとしても。

今までの積み重ねは変わることはないし、現在と未来はその積み重ねにさらに積み重ねていくものであって、新しく自分を作り出すわけじゃない。

29℃/23℃ 夢をみた

明け方にみた夢、とても綺麗だった。

真っ黒な夜空に線香花火みたいなあたたかい光が散りばめられてて、それこそ花火みたいに弾けてた。

流れ星のようにキラリと流れたと思ったらこっちまで落ちてきて、隣にいた男性がその光を受けとめてこれは花火だと言った。

真っ黒な夜空に弾けてる光の一帯は地球の反対側であげてる花火なんだって。

その火花がこちらまで落ちてきたらしい。

 

目が覚めた今ならおかしいことが明らかなんだけど、夢の中の私は「じゃああの一帯は〜〜の空なのかぁ」なんて見上げてた。

(アフリカの国を思い浮かべてた。間違ってる笑)

変な夢。笑

隣に立ってた男の人は職場の同僚だった気がする。

最近、一緒に暮らす彼よりも同僚の顔のほうが見慣れてる気がする。

彼とは生活リズムが違う上に、慣れからか、顔をちゃんと見なくなった。

こんなものなのかなぁ、なんて。

31℃/27℃ セネカデイズ

職場の食事会でなんだかほんのり打ち解けたような、そうでないような。

仕事にも多少変化があって、肩の荷が少しだけおりた。

失敗したり怒られたり職場で泣いたり、そんなこともあったけどそれを消化し終えたあとは、次に踏み出す1歩が軽くなる。

 

最近セネカを読んでいる。

昔過ぎてややこしい文章だからちょっと読みにくい。

ショーペンハウアーよりはるかにわかりやすいけど。

セネカのようなストア派哲学がアメリカで今流行ってると聞いて(本当かどうか知らないけど)読んでみたものの、ことごとく現代の価値観を戒める内容なので自分の選択についても考えさせられる。

ゆっくりゆっくり読み進めつつ、未だに消化しきれてない部分も多いので、じっくり味わい自分の血肉にしていきたい。

33℃/26℃ きつい

吐き気を催す1週間だった。

胃がキリキリしっぱなし。涙腺崩壊待ったなし。

地獄のようだった。

まだ全てが終わったわけではないけど。

思い出してまた気分悪くなってきた。

なんでこんな立場でこんなストレス抱えなきゃならねーんだ…とつくづく思ふ。

とりあえず、お経聞こう。仏教の本読もう。心を落ち着かせなくちゃ…。

31℃/22℃ 暑い

外がマジで暑い。

ノースリーブとショートパンツじゃないと外に出れないレベルで暑い。

そのくせ店内は寒すぎて長袖羽織ってもガクブル。

体の芯まで冷えて、しぶしぶ買い物中断して外で日向ぼっこして体を温める。

なんだこれ。

今日は関東圏内35℃超えのところもあるらしく、ほんっと夏って感じの天気。

今朝起きた6時にはもう夏の昼間みたいなレベルだった。

今年って梅雨無かったのかな…農家さんやばいんじゃないの…。

6月7月でほんの少しぱらつくくらいの雨にしか遭遇していないんだけども、

仕事中に降ったりしてたっけ?数回あったかな。

レインブーツ買おうか迷っている間に必要なくなっちゃった。

7月に大量に降ると6月中のニュースで言ってたけど、今日のニュースじゃ「梅雨明け!?」だった。どっち?

 

先日母と鎌倉に行った。

東慶寺が本当に美しくて気に入った。

東慶寺と言えばちょっと前の映画「駆け込み女と駆け出し男」の離縁寺らしい。

途中で見るの止めてたけど今日残りを見た。

ひたすらじょごがいい女だった。かっこよくて強い女はいいなあ。

 

今日はこれから早めの晩御飯を食べて美容院へ行く。

どうかいい感じの髪型になりますように。

26℃/20℃ 梅雨の晴れ間

サマーセールが始まっているそうだ。

金曜日ということもあり、仕事帰りにぷらりと駅ビルで服飾品を物色しようかと思ったけれど、すぐにやめた。

最近、オンオフ兼用のきれいめコーデや年相応のブランドバッグで頭がいっぱいだったけれど、そんな自分が心底「くだらねえ」と思った。

煌びやかなアパレルショップを目の前にして頭の中で呟いたその「くだらねえ」はいやに強くはっきりと反響して、どう見られるかばかり気にしていた思考から解き放たれたようで、すっきりした。

うん、そう、くだらない。

あれやこれや気にしているその全てが意味も価値もない憂いだ。

そんなことより大切なことがたくさんあるのに、なぜそっちじゃなく

こんなくだらないことにエネルギーを費やしているんだろう。

 

この前、髪が伸びてきた私に「ショートカットの方が似合いそう」と言った方がいた。

私もそう思うしショートの方が好きだ。でも伸ばしている。

それは、近々結婚するものだと思っていて、その時はまとめ髪にしたいからだ。

彼と暮らすためにこっちに引っ越してきたことは伝えていたので、そのまんま上記のように答えた。

すると「どれだけ伸ばすの~(笑)」。確かに。

その一言がずしーんと石のように心の中に落っこちた。

結婚する話はしているしゼクシィも買った。どの程度の式を開くかなんて話もしてる。

でも実際のところプロポーズもまだだし、

彼はサプライズでしたいと言っているけれど婚約指輪を買うお金すらまだ貯まっていないことは明らか。

春先は引っ越してきた理由をよく聞かれたが、彼との結婚を考えている話もそれとなくしてきた。

すると「いつ結婚するの」と聞かれた。そのレベルの話なのか、という。

「まだ決まってません」なんて答えるのは気分が悪い。

焦っているわけでもないはずだけれど、結婚の目途も立っていないのに早まって追いかけてきちゃった重たくて夢見がちな女と見られるのが嫌だ。

少なくとも私は彼に望まれて地元での生活と仕事を捨ててこちらに来たというのに。

なのに目途が立っていないというのも、なんだか中途半端で良くない話だ。

もやもやする。

割り切りたい。

彼に望まれてこっちへ来た。けれど、私自身も望んでいたことでもある。

地元での仕事を辞めることはとてつもなく未練があったけれど

家族のことや収入のこと、20代のうちにもっと何かやってみたかったこと、

もう少しチャレンジしてみたかったこと。

彼と一緒にいれば楽しいし満たされる。だから一緒にいたい。

それももちろんあるけれど、それ以上に、わたしは私自身のキャリアや人生のためにこっちに来た。

なのにこっちへ来てからというもの、話のつじつまを合わせたくて結婚を急いで

世間からの見え方を気にして振る舞いも見た目も着飾ろうとして

しっちゃかめっちゃかだ。

 

周りが「きちんと」している人達ばかりだからか、そういう仕事をしているからか、

両親がお堅いからか、世間体を気にしすぎるからか、

完璧なレールを歩みたくて、はずれてしまったレールを何とか完璧なものに戻そうと必死で、そればっかりにとらわれて視野が狭まっていて、目的がそっちになってしまって

本当に大切な「自分の思うように生きること」「自分で人生を決めていくこと」が頭の中から抜けていたみたいだ。

今夜、映画を見ながら思った。

人生には色々あるものだし、「何か」があったとしてもそれで人生が終わるわけじゃない。

生きていく上で道は何通りもあるし、どうとでも生きていけるはずだ。

キャリアについてはそれこそ凝り固まって考えがちだけれど、

本当に心の底から望むことならば、やってみないとわからない、やらずにあきらめる方が人生への裏切りだ。

もちろん慎重に考えながら行動すべきではあるけれど、慎重になりすぎても困る。

そして何より、自分の人生を愛しながら生きていかねば。

自分の選択した道を、今ここにあるものを大切に愛しながら生きていかねば。

それが自分の人生を歩むということで、何よりの幸せであるはず。

そしてこれからは、スマホの画面や煌びやかなショップや街ゆく人のファッションや持ち物に目を向けるのではなく、自分自身の魂と向き合って対話すべきだ。

自分自身とのコミュニケーションを密に取りながら、自分自身の成長・前進のために尽力していくことが、自分のために生きるということだ。