27℃/20℃ 初秋じみた風

最近仕事にも慣れ自信がついてきた。

一方で、ひどい精神状態だ。

 

比較的仕事が出来る方で、周りからも認められ信頼されているみたいだ。扱われ方や言動をとっても、優遇されていると感じる。

それは嬉しいし誇らしいことだけれど、その分傲慢になってしまう。

“周りより仕事が出来て当たり前、優遇されて当然、失敗なんてありえない”

自分にとっての仕事が、そんな風に塗り替わっていく。

結果、ミスしても自分の過失だと認められず他の人を責めたり、自分より仕事ができない人たちを見下したり、裏であの人は仕事が出来ないと愚痴ったり。 

人の容姿や体臭も気になり、気に障るから触れたくない近くを通りたくないなんて時もある。

周りにキツくあたってしまう時もあれば、忙しくて周りが見えず失礼なことしちゃう時もある。

自分がこの職場に来たばかりの頃はどんな気持ちだったのか。もう遥か彼方で思い出せない。

他人に厳しく自分に甘くなっている現状。

 自分の中に積もり積もった不平不満やストレスを棚卸しして、自分自身をプラスの方向へ導いていけるようにしなくちゃ、ただの嫌な人間になってしまう。

24℃/20℃ 秋めいた涼しさ

私が自分自身を愛せないのは

自分という存在にあまりにも縛りつけられているからだろう。

 

わたしは、わたしは、わたしは。

いつも考えている。

私はどうしたいんだろう。

私はどうすべきなんだろう。

私はどう感じているんだろう。

私には何が正しいんだろう。

自分にとって、自分の人生にとって。

そればかり考えて、疲れ果てている。

答えは出ないから。

 

考えて行動しなきゃと思っている。

熟慮して、色んな可能性を理解した上で選ばなきゃと思っている。

その考えに縛りつけられて、無理やり「自分」という概念に向き合うようにくくりつけられている。

本当は、そんなものより他のものに目を向けたほうが楽しいんじゃないかな。

考えなきゃと思うから考えるけれど、結局大体は堂々巡りだったり、答えはなかったり。

白黒つけれなくて、かといってグレーを選べない。

最後は勘やインスピレーションで決めたりもする。投げやりになる。

 

もっと楽しく生きれるはず。

今いる場所も、幸運なことに

機会にも恵まれ学びたいことも学ぼうとすれば学べる。

人目気にしたり常識に足元縛られたり自分が自分を押さえつけてたりして、なんにも出来ていないだけ。

楽しむように生きたいと願ってきた。

だけど最近は欲を出した。とびきり悪い欲を。

<人に評価されたい。人より苦労したくない。

苦労せずに人の羨むものを手に入れたい。

人より上じゃなきゃ耐えられない。

甘やかしてもらわないと、生きてる意味がない。>

逆に、そんな人生なら意味はない。

楽しむように生きたいと願っていた。

苦しいことも逃れられないならせめて楽しんでやろうと思っていた。

本気で死にたいと思ったとき、どうせならやりたいだけ楽しんでしまえと思った。

生きることはいつまで経っても苦しみだったから、いつか死ねると思うとホッとするから、どうせこれから先もしぶしぶ生きていくのなら冒険のような人生でありたいと思った。

こうして地に足をつけて、慎重に自分の周りにガラスの城を作ろうとしていたけれど

そのガラスの城は本当に、私が安心できる家になるのか?

人とはちょっと違う歩み方かもしれないけれど、それでもいい思い出ばかりだ。

愛しい瞬間がたくさんあった。

きっとこれからも。

31℃/24℃ 三連休夏休み気分

ブリジットの三作目を見た。

誰も彼も老けていて、時の流れを感じる。

ブリジットは相変わらずなようで、でも改めて見ると結構大人なところもあった。

昔はドジばっかなブリジットが嫌いだったけど、今は彼女の良さがわかる。

ドジりたいわけじゃないけれど、あんな感情豊かで楽しそうな大人になれたらどんなにハッピーなんだろう。

現実、楽しむためにする何かであっても、その一方で真逆のことを考えずにはいられない。

まるで楽しむことを自分で阻止しているみたい。

楽しむこと以外もそう。

選択して行動しようが後悔し、選択せず変化を見送っても嫌気がさすのに耐えるはめになる。

どっちを取っても良い結果にならない。

いつからこうだ?

もともと、楽観的に考える方だったのかもしれない。

それでした失敗をいつまでも引きずって、自分の楽観さを押さえつける抑止力にしているのかもしれない。

32℃/26℃ 高湿度で暑い、天然サウナ

職場に溢れるハイブランド女子たちのように、わたしも奮発して洋服を買ってみた。

一着のスカートに1万円も払ったのは初めてかもしれない。

周りが身にまとう煌びやかなファッションを自分も身にまといたいと憧れて見ていたけれど、いざ買って着てみると、「なんだこんなものか」という感じ。

アパレルブランドの公式サイトでお気に入りにいれていた洋服も、店頭でライトアップされて近寄りがたく感じていた洋服も、手に取ってお金を払って自分の家に持ち帰ってしまえば、なんの特別味も無くなった。

こんなものに憧れていたんだなあ。つくづくそう思う。

とはいえ、いい歳にもなっていつまでもプチプラしか着ないのってどうなの?という考えもこびりついて取れないままで、たぶんまた似たような買い物をすると思う。

でも忘れないでおきたい。

周りがもてはやしているようなものでも、それを見てどんなに憧れても、

自分を幸せにしてくれるものはその中にはない。

自分を幸せにしてくれるものは自分の価値観にしかない。

それこそ、今までの生き方に基づいた価値観の中にしか。

つくづく思うのは、周りが楽しんでいるようなことを真似してやってみても全然楽しくなくって、周りと自分は全く違う人間なんだなってこと。

だから「周りの人たち」に幸せだと思われたくて「周りの人たち」が幸せだと思うことをやってアピールしてみても、それは全く持って自分のためにはなっていない。

あと、自分の価値観というのも、周りの考えや本の中にはない。

色んな本を読んで、「ああするのが良い」「こう生きるのが賢い」とより良い考え方を知ったとしても、それに納得して見習いたいと思ったとしても、

結局のところ自分の価値観として色濃く出るのは、今までの人生の中で何をしてきたか何を通して幸福を感じてきたかだと思った。

ぬいぐるみを使ってあらゆる空想の設定のもとひとりでおうちごっこしたり、

小学校から帰って家の裏手でひとり植物を使ってままごとしたり長い棒を剣にして探検したり、

好きな作品の二次創作作品読んだり、

日記や未来の自分へ手紙を書いたり、それに返信したり、

自分で参考書を調べて計画立ててコツコツ苦しみながら勉強したり、

その合間に甘い物や小説で休憩したり、

そんな今までの自分の生き方や楽しみ方を、自分の基となる価値観としてこれからも大切にしていっていいんだと思う。

たとえ他の人と違っていて退屈そうだと馬鹿にされそうなことだとしても。

今までの積み重ねは変わることはないし、現在と未来はその積み重ねにさらに積み重ねていくものであって、新しく自分を作り出すわけじゃない。

29℃/23℃ 夢をみた

明け方にみた夢、とても綺麗だった。

真っ黒な夜空に線香花火みたいなあたたかい光が散りばめられてて、それこそ花火みたいに弾けてた。

流れ星のようにキラリと流れたと思ったらこっちまで落ちてきて、隣にいた男性がその光を受けとめてこれは花火だと言った。

真っ黒な夜空に弾けてる光の一帯は地球の反対側であげてる花火なんだって。

その火花がこちらまで落ちてきたらしい。

 

目が覚めた今ならおかしいことが明らかなんだけど、夢の中の私は「じゃああの一帯は〜〜の空なのかぁ」なんて見上げてた。

(アフリカの国を思い浮かべてた。間違ってる笑)

変な夢。笑

隣に立ってた男の人は職場の同僚だった気がする。

最近、一緒に暮らす彼よりも同僚の顔のほうが見慣れてる気がする。

彼とは生活リズムが違う上に、慣れからか、顔をちゃんと見なくなった。

こんなものなのかなぁ、なんて。

31℃/27℃ セネカデイズ

職場の食事会でなんだかほんのり打ち解けたような、そうでないような。

仕事にも多少変化があって、肩の荷が少しだけおりた。

失敗したり怒られたり職場で泣いたり、そんなこともあったけどそれを消化し終えたあとは、次に踏み出す1歩が軽くなる。

 

最近セネカを読んでいる。

昔過ぎてややこしい文章だからちょっと読みにくい。

ショーペンハウアーよりはるかにわかりやすいけど。

セネカのようなストア派哲学がアメリカで今流行ってると聞いて(本当かどうか知らないけど)読んでみたものの、ことごとく現代の価値観を戒める内容なので自分の選択についても考えさせられる。

ゆっくりゆっくり読み進めつつ、未だに消化しきれてない部分も多いので、じっくり味わい自分の血肉にしていきたい。

33℃/26℃ きつい

吐き気を催す1週間だった。

胃がキリキリしっぱなし。涙腺崩壊待ったなし。

地獄のようだった。

まだ全てが終わったわけではないけど。

思い出してまた気分悪くなってきた。

なんでこんな立場でこんなストレス抱えなきゃならねーんだ…とつくづく思ふ。

とりあえず、お経聞こう。仏教の本読もう。心を落ち着かせなくちゃ…。